世界各地の先史岩面画に関心を抱く皆さんとの情報交換を行う場です。
by rupestrian
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洞窟壁画・最古の年代で再開します

 この場所に最後に書いたのは2年半近く前で、再開するのもどうかという気がしていましたが、本日大きなニュースが入ってきましたので、これをきっかけに、これからはゆったりと、週一くらいのペースで投稿できればと思っています。日本先史岩面画研究会の共同研究による活動は、この3月で4年間にわたった科研が終わり、一段落しましたので、これからは、このブログを維持することで研究会活動の一端にしたいと考えております。
 さて、昨日、ある新聞社から電話があり、Science6月15日号に出る論文に関し質問されました。ウランを用いた年代測定で、スペイン北部のエル・カスティージョ洞窟の「赤い円盤」から41,400±570というきわめて古いデータが出たという論文です。これまでは木炭などの有機物からしか年代測定できなかったのですが、この「ウラン系列年代測定法」では、原理の詳細は割愛しますが、作品制作後に生成した鍾乳石の年代が測定できるので、これまで年代のわからなかった赤い顔料による作品も測定できることになります。同じ洞窟の手形からは37,630±340というデータも出ており、驚くべき古さです。有名なアルタミラ洞窟、大天井画の部屋の、少し保存状態のよくない部分のウマの輪郭線からは、22,110±130という数値が得られ、これは従来考えられていたよりも7,000年以上古い年代で、これをどう解釈すべきか悩ましいところです。科学的年代測定法を専門にしていない立場から放言するなら、今回のデータは7,000年ほどの誤りがあり、エル・カスティージョの赤い円盤も34,000年前とするなら、まだ納得できるところかもしれません。これでも、今まで最古とされている南仏ショーヴェの32,000年よりも2,000年も古くなり、驚くべきニュースとなります。
 もし、41,400年という年代が正しいのであれば、もっと重大な問題が提起されてしまいます。従来、洞窟壁画の担い手であるホモ・サピエンスがヨーロッパ西部に到達したのは約40,000年前頃と考えられており、今回の論文の末尾でも示唆されているとおり、その前から居住していたネアンデルタール人が作者の可能性も出てくるということです。抽象的な形態であろうと、象徴的な表現行為はホモ・サピエンスに限られているという説が有力であり、もし、ネアンデルタール人が赤い円盤を制作したとを認めるなら、大げさに言えば、人間とは何かという大きな問題にも関わってしまうのです。今回の論文では、ホモ・サピエンスのヨーロッパ西部への到達を41,500頃と見積もっており、ぎりぎりホモ・サピエンスの関与も考えられなくはない、微妙なところです。私は、芸術学を専門とする研究者として、芸術をホモ・サピエンスに固有なものであるという論陣を張っており、今回の論文を深刻に受け止めざるを得ません。
以上、新聞社からいただいた、雑誌発行前に報道機関に提供された論文からの第一報として書きました。今後もこの場で、この問題を追及し続けたいと思っていますので、コメントなどよろしくお願いいたします。要約は下記をご覧ください。
http://www.sciencemag.org/content/336/6087/1409
a0085337_16283798.jpg

この写真は私が1992年に訪れた時に撮ったエル・カスティージョの写真で、左側の格子の向こうに洞窟の広い入り口部分があります。
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by rupestrian | 2012-06-15 14:54 | 先史岩面画
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