世界各地の先史岩面画に関心を抱く皆さんとの情報交換を行う場です。
by rupestrian
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31


<   2012年 07月 ( 4 )   > この月の画像一覧

動物に変身した人間の自画像!?

 4月から毎週、洞窟壁画を論じる機会があり、今週、15回で最終回を迎えました。洞窟壁画の制作動機を考えることになりましたが、もちろん、数万年前の芸術作品に関し、作者たちがどのような生活をしていたかもわかっていない状況では、何を考えればいいのかもはっきりしないのが正直なところです。しかし、答えが出ないにしても、問題を設定して考え抜くことで、対象である洞窟壁画の本質に迫れるのではないかと期待して、日々悩んでいる次第です。様々なことを考慮しなければなりませんが、その一つに、人間と動物の関係をどう捉えるか、という課題が未解決のまま残されているのです。洞窟壁画には、一目見て何を表しているかわからない「記号」も多く表現されていますが、最も目を引くのは、写実的な動物像であり、私自身も、なぜ洞窟壁画を制作した作者たちが、本物と見まがうビソン(野牛)などを描ききることができたのかを、長年追求しているところです。それはいずれこの場でも詳しく紹介したい「統合」という観点から明らかにしようとしていますが、まずは人間にとって動物とはどのような存在なのかを、射程に入れなければなりません。
 最近、研究者の間で話題になっているのが「シャーマニズム説」で、これは南アフリカの作例からデヴィッド・ルウィス=ウィリアムスが提唱したもので、洞窟壁画にも適用可能ではないかと議論を呼んでいるわけです。
a0085337_17174399.jpg

上の作品は、上半身が動物で、下半身が人間のように見えますが、これをそのままリアルなイメージであると素朴な美術観で考えると、実際にこのような存在がいて、それを見たまま表現したものだという解釈に至るしかないでしょう。「シャーマニズム説」では、これを動物に変身しているシャーマンの途中の姿をそのまま描写した「自画像」であると説明するのです。「シャーマン」は、他の人から見れば、ただの人間のままですが、その意識においては、動物に変身することで、人間を超越した力を獲得できるのであり、完全な動物像であっても、それは、実際の動物を描写しているのではなく、動物に変身しきったシャーマン自身の、その意識における自画像であると解釈するのです。洞窟壁画など、先史岩面画に描かれている動物像は、現実に存在する動物を描出しているわけではなく、シャーマンの意識における自分自身の姿を表現したものだという結論に至るのです。
 この驚くべき考え方は、美術というものは、現実にせよ、意識内にせよ、「実際に」存在するものを、「見えた」まま表現したものである、という単純な前提から出発しており、それだけで美術の実相から離れている、とんでもない理論であるといわざるを得ません。美術は、目に見えないものを目に見えるようにする技術でもあるのであり、上の半人半獣像(「ハイブリッド像」とも呼びます)も、現実に存在しないのはもちろんのこと、作者の意識にあらかじめ「変身中」の姿としてある必要もなく、あくまでも作品として初めて存在したものであると考えないといけないのではないかと、芸術学を標榜する研究者として、主張したいところです。こういう考え方に関しては、また近々書き込みたいと思っています。
[PR]
by rupestrian | 2012-07-28 17:36 | 先史岩面画

洞窟壁画の地形図

 前回、「統合」ということばを用いましたが、この場でも、少しずつ、この概念について、できるだけわかりやすく説明できればと願っています。ショーヴェの映画でもよく映っていましたが、洞窟壁画をはじめとする先史岩面画は、不規則な形状の場所に制作されているのが重要な側面です。二次元である写真などでは、どうしても平面的に見て、普通の絵画のようにも思われるかもしれませんが、実際は凹凸が激しく、亀裂も縦横に走っているところに線が刻まれたり、色が施されて、かたちが作り出されているのです。この状態をことばや平面図で伝えるのは難しいのですが、自然の大地の表面を思い浮かべていただいたら、わかりやすいかもしれません。自然の地形には、純粋に平面といえる場所は全くなく、それぞれが他のところとは違う、個性的な表情を持っているのです。氷が張っていたり、雪が積もっているなど、特殊な場合は別にして、純粋な二次元平面とは、人間が作り出した人工的な場であり、それが建物の壁や天井、床になったり、絵画を制作するための場所になったりしているだけなのです。
 等高線による地形図というものがありますが、それは、三次元の自然の大地を平面に表すための工夫であり、見慣れれば、どこにどれくらいの高さの山があったり、どれくらいの深さの窪地があったりするのかもわかってくるでしょう。先史岩面画が制作されている場所も、まさに大地と同じ、自然が作り上げた表面であり、等高線による地形図を作成することができます。
a0085337_14512484.jpg


上図は、フランス南西部のペシュ=メルル洞窟の有名な「斑点のある2頭のウマ」という作品のある岩面の地形図で、この洞窟の責任者として調査されているミシェル・ロルブランシェ先生の本に掲載されているのをお借りしたものです。私自身は約20年前にこの図を直接見せていただいて、それもきっかけになって「統合」という造形現象を追求したわけですが、2010年に刊行された本にようやく印刷されたので、ここでも紹介できる次第です。2頭のウマの他にも、多くのかたちが見いだせ、それぞれの輪郭線が記録されていますが、それ以外の細い線は等高線であり、この場所が決して純粋な平面でないことがわかると思います。見慣れてくると、2頭のウマの胴体部分に、現在の我々には関知できないほどのささやかなボリュームのあることがわかり、それがこのウマをこの場所に描かざるをえなかった理由になっているといえるでしょう。2頭のウマはおしりの部分で奇妙な重なり方をしていますが、従来は偶然であるとしか考えるしかなかったこの表現の、存在理由が説明できるようになったのではないかと思います。これも、この地形図が作成されたからであり、私もできれば、すべての洞窟壁画でチャレンジしたいと思っています。しかし、現実には、高価な機器であり、また洞窟内部に持ち込む許可を得ることは難しく、残念ですが、仕方ありません。それに代わる方法も工夫して、私自身は記録調査していますが、これについては、次の機会に紹介したいと思います。
[PR]
by rupestrian | 2012-07-19 15:10 | 先史岩面画

ショーヴェの映画

 このほどショーヴェの洞窟壁画に関する映画のブルーレイを入手でき、早速見てみました。映画それ自体は今春に公開された時に、映画館にはせ参じて、3Dで見ることができましたが、それがこれだけ早く手元に置けるようになるとは思っておらず、大いなる喜びです。ブルーレイには3Dと普通の2Dが同梱されており、私の持っている装置では、3Dは見られませんが、それでも十分な映画鑑賞となるでしょう。アメリカで発売されたものの輸入版で、私は日本のアマゾンで購入しました。英語版ですが、英語とスペイン語の字幕が出ますので、まあ、内容は把握できるでしょう。ちなみに劇場公開の日本語版では、有名俳優のオダギリジョーさんがナレーションの吹き替えを担当されていたので、そのうち、これも発売されるかもしれません。なお、DVDの場合、アメリカで発売された製品は日本の機器では見られませんが、ブルーレイの場合は、大丈夫でした。
a0085337_12533972.jpg

 映画の内容ですが、Werner Herzogという高名なドキュメンタリー映画作家が、ショーヴェでの撮影許可を得て、洞内に入って、実際に作品を見学したということそれ自体が記録されているという設定で、映像作品としてはきわめて優れているという感想を、私は持ちました。何より、いろいろな手続きを経て、実際に洞窟内部に侵入し、そして限られた時間内で、比類なき洞窟壁画を見て、そして、惜しみつつ、洞窟を出るという、実際の経験がそのまま記録されていることに感銘を受けました。洞内では床面を保護するため、設置された足場に限定されていて、カメラも照明もそこからしか使えず、灯りの揺らめいている様子などが、私自身の経験からしても、きわめてリアルな感じを醸し出しているのでした。芸術作品である洞窟壁画を、フラットな照明で映した、作品集的な趣はありませんが、暗闇で制作されて、そのままの場所に残されている洞窟壁画の、ある意味での実態がそのまま記録されているともいえ、この従来にはない作家の感覚に脱帽した次第です。洞窟壁画に関するこれまでの動画では、作品がニュートラルな照明で、正面から撮られていて、きわめて平面的な印象を与えます。その前後に周囲の状況も映る場合がありますが、ほんの付け足し程度で、実際どのような場所に洞窟壁画が制作されているのかはわかりにくいのがほとんどでした。ハーツォグの場合、足場と撮影時間の制限からの苦肉の策かもしれませんが、正面から撮られることはなく、かえって、洞窟内部の岩面の不規則な形状が如実に記録されていて、「統合」という観点から洞窟壁画を論じている私には、きわめて有用な動画であるといえます。「統合」に関しては、また別の項目で詳しく紹介することになるでしょう。洞内の全作品が網羅されているわけでもなく、同じ作品が繰り返し映るのも、実際の洞窟壁画見学のありように沿っていて、まあ、違うのも見せてくれという気持ちもありますが、リアルな感じです。研究者として実際に洞窟内部に何度も入っているからいえるだけかもしれませんが、まだ、実際に経験されていない皆さんにも、まずは疑似体験としてお薦めできるのではないでしょうか。
[PR]
by rupestrian | 2012-07-11 13:34 | 先史岩面画

Seeing-in

 先日、イギリスから届いたメールをようやくじっくりと読んで、自分の文章が、York大学のDr. Derek Hodgsonという研究者の論文に言及されていることを知りました。ロンドンで発行されている「Time and Mind: The Journal of Archaeology, Consciousness and Culture」という学術雑誌に掲載された「Emanations of the Mind: Upper Paleolithic Art as a Visual Phenomenon」という文章で、とりあえずは「こころの放射:視覚現象としての後期旧石器時代美術」と訳せるでしょう。要約は下記リンクをご覧ください。
http://www.ingentaconnect.com/content/berg/tmdj/2012/00000005/00000002/art00004
 ホジソン博士は認知考古学を標榜されていて、私自身とは方法意識は少し異なりますが、自然の岩面の形状が人間が制作するかたちに一致しているという造形現象には同様の関心を抱いておられるようで、まだ面識はありませんが、何度かメールをいただいている、研究仲間といっていいのかもしれません。参照されているのは、私が一昨年にフランスで開催された国際学会で発表した原稿で、ショーヴェで発見された洞窟壁画の多様性を説明しようとした試みです。詳細は改めて別の機会に紹介したいと思いますが、やはり、英語で書くと、世界の研究者に読んでもらえるので、大変ですが、これからもチャレンジしたいと思いました。
 今回の論文では、こころの「放射」ということで、言い得て妙な表現を教えていただいた気がします。放射される「こころ」がいかなるものかが問題ではありますが。それと、私の文章が参照されているのが「Seeing-in」という項目で、これはまさに「見立て」と訳すべき造語ではないかと思います。私の理論におけるキーワードのひとつが「見立て」ですが、この日本語をヨーロッパ系の言語でどう表現すべきかは悩ましいところで、今回の「Seeing-in」は一つの解答といえるかもしれません。英語の前置詞の微妙なニュアンスを理解することは難しいですが、私自身も、今後は使わせてほしいと思った次第です。
[PR]
by rupestrian | 2012-07-05 13:55 | 先史岩面画