世界各地の先史岩面画に関心を抱く皆さんとの情報交換を行う場です。
by rupestrian
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「最古」級の意味

 雑事にかまけて、なかなかこのブログに向かうことができないが、今日の朝刊に載っていたニュースに押されて、ようやく書き始めている次第である。
 エチオピアのコンソ遺跡から175万年前の握斧が発見されたという報道であり、「最古級」という形容で紹介されていた。石器については門外漢であり、下の写真を見ても、皆目、どれが古くて、どれが新しいのか見当も付かないが、左端の上下が175万年前と最も古く、右に行くにしたがって新たしくなり、右端の上下が85万年前とのことである。

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 ここで問題なのは、なぜ「最古」級であることが喧伝されるのかということである。私も古い時代の美術を学ぶ者として、古ければ古いほど価値を感じる方であり、それは人間が制作して、破壊されたり、消滅させられたりせず、長い間生き延びてきたこと自体が、評価に値するという考え方である。美術作品は、永遠ともいわれるが、実際は、保管場所に困るといった現実的な理由のため、また政治的、宗教的に認めがたい作品は破壊するという理由などで、結構短命なものがほとんどで、人生より長く生き延びる作品は、実は例外的である。まれに評価され続けたという積極的理由もあるが、ほとんどは、存在が忘れられて、見逃された後、「再発見」されて、制作年代が推定されて、ようやく評価されるようになるというプロセスを経ているだろう。洞窟壁画も、10,000年以上、その存在がまったく予想さえされず、1879年にスペインのアルタミラで発見され、その20年以上後の1902年に、実際に10,000年以上前に制作されたと認定されて、研究対象になったのにすぎないのである。このブログでも紹介しているとおり、近年では、何十万年も前に作られたとされるものも紹介されているが、私はそれらを、偏狭なようだが、美術とは認めておらず、まさに洞窟壁画が最古の美術であるからこそ、起源論的アプローチにより、研究してきているのである。
 世界各地で何かが発見された時、その最初の報告者である地元の研究者は、より古い年代を発表することが多い。やはり、自分の報告しているものは、より古いことでより価値があり、また、このような古いものが発見される地域(国)に、現在自分たちが住んでいることを誇りに思うこともあるだろう。その気持ちもわからないではないが、国際的に客観的な検証を経て、より新しい年代に落ち着くことがほとんどのようである。なぜ、このような傾向があるのかを考えると、やはり、文化は世界のある場所で「発生」して、それが周囲に拡散していったのだという「伝繙論」の影響があるのではないかと推察される。文化は水と同じく、高きから低きに流れるという思い込みにより、「最古」のものが発見されているこここそが、まさにかつての世界の中心だったといえると思うのではないだろうか。反対概念である「系統発生論」は、世界中のいろいろなところで似たようなものがそれぞれ独立して発生するという考え方で、どちらが正しいかどうかは、まだ結論の出ていない問題であるようにも思われる。
 アフリカがホモ・サピエンスをはじめとする、あらゆる人類の発生の地であるというストーリーが定着していて、今回のコンソでの発見もそれをさらに強化することになるだろうが、それも、断片的なデータにもとづく仮説の蓄積の結果であることは、認識しておいた方がよいだろう。まだまだ何もほとんどわかっていないことを自ら認めることが重要であり、にもかかわらず、「最古」を求める意味については、次回ブログで書きたい、と珍しく予告しておきたい。
 
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by rupestrian | 2013-01-29 17:28 | 先史岩面画

ショーヴェ洞窟壁画の年代(続き)

 年末年始を挟んで、同じ話題を継続することにしたい。しばらく、このブログにアクセスしていなかったので、かなり旧聞に属するが、前回紹介した論文を精読したので、改めて批判的に紹介することにしたい。
 論文の冒頭から4分の3程度は、ショーヴェの洞窟壁画が、従来の様式論的な比較研究から、約32,000年前という極めて古い年代ではなく、もう少し新しい制作年代とされているいくつかの洞窟の作品と同時代ではないかと述べている。これらは、筆者たちの新たな現地調査に基づくデータの紹介ではなく、新旧の様々な研究を総合したものであり、それなりに納得できるものではある。しかし、ショーヴェのAMS法による年代が発表された後では、様式論的な方法意識も見直されているところもあり、少しアナクロ的な印象も否めない。筆者の一人のJean COMBIERは1926年生まれの重鎮であり、新たな年代に踊らされている議論を苦々しく思ってか、アンシャン・レジーム的なものを呼び戻そうとしているようにも思われる。もちろん、100年以上の研究史の蓄積の上に成り立っているパラダイムであり、重厚な論考を軽々しく否定できるものでもない。とはいえ、ショーヴェの多様性に満ちた作例すべてを射程に入れているようでもなく、なぜ、この時期になって、このようなまとめを発表するのかということには、首をひねらざるを得ない。
 一方、論文の最後に展開されている年代論は挑戦的である。ショーヴェの年代はすべてパリ近郊の研究所で測定されており、それだけを根拠に、すべての議論は展開され、私も、疑ってこなかったのは迂闊だったといえるだろう。本来、もう一つ別の研究機関でも測定して、それが同じ結果を示してようやく確定した年代に基づいて、論考が可能になるはずであっただろう。この論文では、パリ近郊の研究所が1996年に測定した、スペイン北部のペーニャ・デ・カンダモ洞窟の32,310BPという年代に対し、アメリカの研究機関が2001年に15,160BPというデータを出した、ということを紹介して、パリ近郊の研究所の信頼性に大きな疑問を呈している。1990年前後のAMS法の確立以降、洞窟壁画の絶対年代は多くがこの研究所で測定されており、その扱う資料が汚染されているのではないかと疑うことも、大いなるタブーへの挑戦であるといわざるを得ない。そして、ショーヴェの再測定の提言をして、この論文は終わっているが、実際それが試みられるかどうかは疑問である。この論文が、フランス語ではなく、英訳され、ドイツの学術雑誌に掲載されたということも、何やら示唆的だろう。学術研究というものも、ある種の政治性を帯びざるをえないところがあり、それも見据えて、理論を構築してゆくことが必要なのだろう。
 なお、下には、参考までにペーニャ・デ・カンダモ洞窟の作品を掲載する。

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by rupestrian | 2013-01-08 12:47 | 先史岩面画