世界各地の先史岩面画に関心を抱く皆さんとの情報交換を行う場です。
by rupestrian
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岩面美術

 河出書房新社から9月に刊行された『人類の進化大図鑑』という豪華本を最近になってようやく読んでいたら、途中で「岩面美術」の見開きのページがあり、世界各地の「岩面画」作品がレイアウトされていた。問題は「岩面美術」という訳語で、急いで英語の原書の方を確認したら当然「Rock Art」になっていて、それを「岩面画」ではなく、もちろん我々が撲滅しようとしている「岩絵」でもなく、こういう訳語を採用する考え方に興味を持った次第である。
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 日本語版の監修は、東京上野の科学博物館におられた馬場悠男先生で、ご苦心の末の判断であろうと忖度された。科学博物館では、何年も前に一度洞窟壁画に関するシンポジウムが、スペインの専門家を招いて、開催されたことがあり、私も聴衆として出席し、その後の歓迎会で、ご一緒したこともあった。それで、馬場先生も岩面画という用語にも一定のご理解があるだろうとは思っていた。しかし、「Rock Art」を「岩面画」ではなく「岩面美術」と訳すのは、新鮮な気がしたので、あえて言及させていただくことにした。こういう細かいことにこだわってしまうのは、妙に偏執的で気をつけないといけないが、「art」を「画」とつい訳してしまう傾向が美術研究者にはあるのは、自ら認めなければならないだろう。「美術」とストレートの訳す方が、その存在感を明瞭にして、一般的にも問題を提起できる気がするが、どうしても美術の中の一ジャンルとして位置づけたい気が先立って、美術の一部である「画」という用語を採用してしまうのではないか、と今回自己分析した次第である。もう何十年も「岩面画」ということばにこだわってきているので、今更「岩面美術」とはなかなかいえないが、今回のこの熟考されたであろう訳語に触れて、改めて「岩面画」の存在意義に関しても、考え抜きたいと思った次第である。
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# by rupestrian | 2012-12-11 17:26 | 先史岩面画

中国最古の線刻

 Sci-News.comという科学関係のホームページを見ていたら、約30,000年前の線刻のある石灰岩の石片が発見されたというニュースが載っていた。

http://www.sci-news.com/archaeology/article00755.html

 もとは今年の7月にChinese Science Bulletin という英語の雑誌に掲載された論文で、なぜか、今頃になって紹介され、私もようやく知った次第である。石片が発見されたのは中国の寧夏回族自治区の「水洞溝遺跡」であり、私も、2009年に近くの賀蘭口遺跡に先史岩面画を共同研究で調査に行った際に、訪れたことがあった。元々、洞窟壁画研究を打ち立てたフランスのブルイユなどが最初に調査した遺跡であり、研究史的な関心もあって、研究仲間と立ち寄ったのである。保護屋が建設中で、遺跡そのものは見ることができなかったが、遺跡を中心に、明代の城郭遺跡なども含めて史跡公園として整備されていた。現在では、工事も終わり、快適に見学できることだろう。

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 1980年代の発掘で出土した石片を改めて観察して線刻を確認したとのことである。放射性炭素年代測定法などで、石片が出土した層の年代は約30,000年前と確定し、これは妥当なところかもしれない。石片は長さ約7cmで、肉眼でも8本の線が刻まれていることがわかる。論文では、様々な機器を駆使して、画像分析の結果、人為であることを確認している。

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 上の写真は、上記論文の図版を転載したもので、技術的問題で、上下に分かれてしまって、確認しにくいことをお許しいただきたい。あまりにも断片的で、何らかの形象を意図したものとは認めがたい。また、明確な造形意志も確認しがたく、やはり、石灰岩の断片に機械的に繰り返されたストロークが痕跡として残っただけではないか、と考えるしかないのではないだろうか。人為的な線刻を芸術と見なすか否かは、やはり、それぞれの研究者の芸術観にもとづく、主観的判断に基づかざるをえないところがあり、私は偏狭なようだが、先に紹介した南アフリカの約70,000年前のブロンボス出土オーカー片も含めて、造形意志の産物とは思えないのである。もちろん、地元で発掘した研究者の努力は尊いし、ナショナリズム的見地から、自国で発見されたものがより古い美術作品であると主張したい気持ちもわからないわけではないが、ただ古さを競争するだけではなく、外部からの視点も導入する必要があるだろう。論文それ自体はデータ提出など堅実なものであり、今後精読して、より詳しく検討したい。
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# by rupestrian | 2012-12-03 16:55 | 先史岩面画

世界遺産リスト

 以前にも書いたことがあるが、この「日本先史岩面画研究会」は国際的にはユネスコ傘下のイコモス(国際記念物遺産委員会)岩面画委員会(CAR)の日本支部という性格を持っており、世界文化遺産の岩面画関係の遺跡に関しては、その日本語訳などにも責任を持とうとしているところである。長くなるが、以下の25の遺跡を岩面画関連と認識していたが、先週、NHKの衛星放送で世界遺産関連の番組を見ていて、26件目があることを初めて知った次第である。うかつにも、世界に745件もある文化遺産と、29件の複合遺産の中で、そのすべての登録要件をチェックしているわけではないので、まだまだ欠落もあるかもしれないので、皆さんからのご指摘を期待するためにも、下記のリストをご覧いただきたいと思う。

世界文化遺産・先史岩面画関係遺跡リスト(登録順・25+1カ所)

1ヴェゼール渓谷の先史時代史跡群と洞窟壁画群 フランス(79)
2ヴァルカモニカの岩面刻画 イタリア(79)
3カカドゥ国立公園 オーストラリア(81,87,92)
4タッシリ・ナジェール アルジェリア(82)
5アルタミラ洞窟とスペイン北部の旧石器時代洞窟壁画 スペイン(85, 08)
6アルタの岩面画 ノルウェー(85)
7タドラット・アカクスの岩面画遺跡群 リビア(85)
8ウルル-カタ・ジュタ国立公園 オーストラリア(87,94)
9カピヴァラ山地国立公園 ブラジル(91)
10サン・フランシスコ山地の岩面彩画 メキシコ(93)
11タヌムの岩面刻画 スウェーデン(94)
12イベリア半島の地中海沿岸地域の岩面画 スペイン(98)
13コア渓谷とシエガ・ベルデの先史岩面画遺跡群 ポルトガル・スペイン(98,10)
14リオ・ピントゥラスのクエバ・デ・ラス・マノス遺跡 アルゼンチン(99)
15ウクハランバ/ドラケンスベアク公園 南アフリカ(00)
16ツォディロ ボツワナ(01)
17ビーマベトカの岩面画遺跡群 インド(03)
18マトボの丘 ジンバブエ(03)
19タムガリの考古的景観における岩面刻画 カザフスタン(04)
20コンドアの岩面画遺跡群 タンザニア(06)
21チョンゴニの岩面画 マラウイ(06)
22ゴブスタンの岩面画と文化的景観 アゼルバイジャン(07)
23トゥウェイフルフォンテーン ナミビア(07)
24オアハカ渓谷中央部のヤグルとミトラの先史時代洞窟群 メキシコ(10)
25モンゴル・アルタイ地方の岩面刻画遺跡群 モンゴル(11)

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 上の写真は、下記、番組により新しく認識した遺跡の作品写真で、これで26件となる。
26ワディ・ラム保護地域 ヨルダン(11)

 今年度も夏に自然遺産も含めて26件の新規登録があったが、とりあえずは岩面画関連の遺跡はなさそうであり、しかし、かつての登録の中で、要件に岩面画の存在が組み入れられているものもあるだろうから、今後鋭意精査してゆきたい。

 岩面画は、世界遺産の登録が始まった当初から、有力な研究者がイコモスに参画していて、日本での知名度の割には、比較的多くの遺跡が登録されてきているかもしれない。また、加盟国が最初の登録に挑む際に、岩面画が要件として認識されやすいという事情もあるのか、例えば、上記23番目のナミビアでは、未だに唯一の世界遺産となっている。逆に、世界遺産登録数が多い大国、例えば、アメリカ合衆国、中華人民共和国、ロシア連邦などでは,国内に多く分布している岩面画遺跡は一つも登録されておらず、世界遺産に登録されていることと、先史岩面画遺跡の充実とは直接関係がないということになるだろう。これはあらゆるカテゴリーにもいえることだろうし、世界遺産に登録されたから意義深いということではない、ということも、イコモス傘下の団体としては、自己矛盾も感じないわけではないが、明らかにしておく必要があるだろう。
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# by rupestrian | 2012-11-26 12:53 | 先史岩面画

Pech Merle

 しばらく、批判的書評に終始したので、洞窟壁画に戻りたいと思ったが、今回は映画が出発点である。衛星の深夜テレビで『ルシアンの青春』というルイ・マルの作品を放映していて、約40年前の公開時に劇場で見た記憶はあったが、改めて最後まで見てしまった。内容は第2次世界大戦時のドイツ占領下のフランスで、10代の青年が対独協力者(コラボ)になってしまう物語で、余韻深く心にしみる名作だった。問題は、主人公の青年の設定で、ウサギをライフルで撃ちまくるなど、戦時下に鬱屈する内面をもてあましていて、それがゲシュタポに利用されたということもあっただろう。中でも、パチンコ(スリングショット)で鳥を殺す冒頭のシーンは印象的で、自転車で駆け巡る山野の雰囲気からも、私は、ペシュ・メルル洞窟の発見者であるダビッド少年のことを重ね合わせていたのである。撮影地もペシュ・メルルのあるロット県のフィジャックという町だと、最後のクレジットで知り、それはペシュ・メルルから約40キロのところである。ペシュ・メルルという独特な名前は長らく「ツグミ獲り」と訳されていて、発見者のダビッド少年がツグミ獲りを生業としていたから、この名前になったと説明されていた。私も、何の疑いもなく検証することなく、これを何度か書いた記憶があり,今となっては赤面ものである。
 今回念のため、ペシュ・メルルの名前の由来を文献で調べたところ、このような記述は見いだせず、それで、ペシュ・メルルのホームページを見たところ、地元の古い言語で「小高い丘」を意味すると書かれていて、まさに目から鱗が落ちる思いだった。簡単な辞書で「Merle」を調べると「ツグミ科クロウタドリ」とあったので、それ以上疑問を持たず、吹聴していたのだった。ダビッド少年の生業も「ツグミ獲り」ではなく、羊飼いだということで、これも訂正しなければいけない。おそらく他にも、洞窟壁画に関しても、世界各地の先史岩面画に関しても、受け売りで、自分で最後まで調べることなく、あたかも事実であるかのように書いていることがあるのではないかと、自分でも空恐ろしくなった次第である。今後は、どんな些細なことでも、徹底的に調べ直して、無責任なことを書いたり話したりしないようにしようと自戒した次第である。

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 上はペシュ・メルル洞窟の前で、この写真を撮った15年ほど前には、見学者が入洞まで、時間を過ごす場所になっていた。この洞窟は、近くのカブルレという村の公有で、春から秋まで一般公開している。リズミカルな線が伸びやかに走っている作品の質や、洞内の清浄な雰囲気など、私のお気に入りの洞窟の一つであり、これまでも何度となく訪れているところである。この洞窟を最初に調査したルモジ先生の著作は、私の統合論にとって欠かすことのできない重要文献であり、現在の調査責任者であるロルブランシェ先生は、世界的に尊敬されている、洞窟壁画研究の第一人者であり、私も親しくさせていただいている。これほど近しい洞窟の名前の由来を何十年も間違って理解していたというのは恥ずべきことであり、そういうことを気付くきっかけになった映画にも、単なるこちらの思い込みにすぎなかったが、その作品の質も含めて、評価し、感謝したいと思う。
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# by rupestrian | 2012-11-13 18:47 | 先史岩面画

創造力なき日本

 先史岩面画とは直接関係がありませんが、最近ずっと本の批判的紹介を続けていますので、その流れの中で一冊の本に言及したいと思います。村上隆『創造力なき日本:アートの現場で蘇る「覚悟」と「継続」』(角川oneテーマ21)という本ですが、現在の日本に基盤を置く日本人美術家の中で、例外的に世界でも受け入れられている人物の新刊です。執筆の対象がもう一つはっきりしませんが、組織の運営に関する考え方なども書かれていて、ビジネス書としても売りたいという考えがあるのかもしれません。私自身は、ここでこれまで述べている、作品と作者の関係を考えさせられる機会となりましたので、ここでもコメントしたいと考えた次第です。

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 私は、何万年というスパンで美術を学んでいる立場なので、「200年のうちに残される10作品」という歴史的認識は正しいと思いますが、その一つになる作品を必死になって作ろうとしている、という記述には首をかしげざるを得ませんでした。美術史上の作品で作者がわかっていて、しかもその人となりが明確なものは、せいぜいこの500年以内に作られたものだけであって、それも時代時代によって、評価する軸が変化し、例えば、最近日本でも人気があるオランダのフェルメールにしても、死後すぐにその名前が忘れられて、200年以上後に「再発見」されて、評価されるようになったのにすぎないのです。美術史上の作品にとっては、作者とはその作品の小さな一部にとどまり、また、それを過大視して,解釈などを決めつけない方がよいというのが、私の研究者としての信条です。作者もまた、「見えるもの」である作品を力を尽くして作ったのであり、亡くなって「見えないもの」になってしまった作者のことを考慮しすぎることは,作品そのものの力を見誤ってしまうのではないかと危惧しています。
 村上隆は、この本にも書かれているように、美術の社会的存在感を高めるために、様々な活動もしていて、本当に頭が下がる思いです。経済的にも、作品を売却した高額の利益を自らの贅沢な生活に用いず、後進の育成などに向けているなど、私はこの本で初めて知りましたが、ご本人はいやだと思いますが、美術家というより社会活動家というべき、尊敬に値する人物ではないかと見直しました。そんな作者のモチベーションが「死後の名声」だと、この本では述べているわけですが、これは上記の通り、眉につばをつけた方がいいのではないかと私には思われました。さらに、主宰されている「カイカイキキ」という団体を日本の「狩野派」のような、何百年も続く組織にしたいという野望も、畏れおおいように私には思われました。「狩野派」についてそれほど知るわけではありませんが、室町時代に発祥して、安土桃山時代に有力な武将に重用され、そのまま江戸時代を通じて、支配的な流派になったというのも、偶然の積み重ねの結果であり、一人の傑出した人物がそれを望んだところで、実現するとはとうてい考えられません。
 以上、現在日本を代表する美術家の意気込みを表明した本として、本書は読むに値するようにも思われますし、私自身は、作品と作者の関係を改めて考える機会とすることができ、読んでよかったと思っています。先史岩面画も仲間内から作った人は認識されていたでしょうが、それはあくまでもみんなの代表として実際の制作に携わっただけであって、自己表現した「作者」ではなかっただろうと思います。この「作者」という近代的存在を忘れ去ることは、私自身近代に生きる者として、なかなかできませんが、できるだけ虚心に作品という「見えるもの」だけを対象にしたい、と改めて考えています。
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# by rupestrian | 2012-11-05 18:30 | 先史岩面画

見えるものと見えないもの

 前回のブログで、心理学や脳科学を「見えないもの」を「見えるもの」にしようとするチャレンジだと、一方的な決めつけの言い方をしてしまったが、もちろん単純化しすぎることはできないのであり、日夜様々な調査研究の営為がなされていることは、当然のこととして尊重しなければならない。こういうブログを書いていると、誰にも読まれていないかもしれないが、自分なりに考えをまとめる機会ともなり、コメントなどの反響が全くなくても、それなりに意義はあるのではないかと考え始めている。前回、あまり深く考えることなく「見えるもの」と「見えないもの」を対比することになったが、もちろんこの表現は、フランスの哲学者、モーリス・メルロ=ポンティの著作である『見えるものと見えないもの』(1964年、邦訳は1989年、みすず書房)から借りたものであり、私もわからないなりに、原書のポケット版を持っていて、邦訳本も出てすぐに購入した記憶がある。メルロ=ポンティが死ぬまで手を入れていて、遺作として刊行されたこの本に関し、その概要を紹介することさえ、私にはできないが、この第2次世界大戦後を代表する現象学者のことばに少し触れただけではあっても、その方法意識の自分自身に対する影響を否定することはできないほどである。

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 私自身は,前回も述べたが、現象学的方法により洞窟壁画をはじめとする先史岩面画を学ぼうとしている研究者であり、ただ周囲を煙に巻くためだけにそう言っている傾向もあるが、まあ、「見えるもの」である美術作品に対して、内面や思想など「見えないもの」をできるだけ排除して立ち向かいたいという決意表明であるといってもいいだろう。もちろん、すべての美術作品には人生の深い記憶を基に豊かな内面を育んでいる作者がいるのであり、それを軽視することはできないのではあるが、なかなか「見えないもの」であり、また、作品として「見えるもの」になっているというのも素朴すぎるだろう。「見えないもの」の一端が作品の部分を形成していることも認めなければならないが、それはごく一部であり、時には、内面とは無縁のところで、イメージが外在的に形成されることもあるのではないか、というのが私の「統合」理論の根幹に関わるところである。私の「統合」理論に関しては、我ながら未だ全貌が明らかにされていない感があるが、その形成に現象学的な方法意識があることは認めてもいいだろう。
 しかし、晦渋なことをいっているつもりはなく、できるだけ身体的に追体験可能なことに限って論じようという気持ちは持っていたいということにすぎないのかもしれない。洞窟壁画の作者もホモ・サピエンスであり、解剖学的には身体的機能は何ら変わっていないだろうということが、立論の基本である。例えば、洞窟壁画の動物像のサイズは、ルロワ=グーランによれば、8割以上が長さ80cm前後であり、それは足場を変えないで人間の片腕(利き腕)が届く範囲(Champ manuel・操野)に制限を受けている、という考え方である。洞窟壁画にも作者はいて、その「見えないもの」である内面は計り知れないほど大きいだろうが、それを「見えるもの」である作品から考えるのは、不可能に近い困難なことだろう。私も、最近は「解釈」と称して、考えようとしてもいるが、なかなか結実するものは少ないのが正直なところである。今後も人間の心や脳という「見えないもの」に「見えるもの」である美術作品から肉薄したいという誘惑に駆られることもあるが、できるだけ抑えようと、常々自戒するところである。
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# by rupestrian | 2012-10-29 16:57 | 先史岩面画

アートの脳科学

 このほど、新刊の川畑秀明さんという方の『脳は美をどう感じるか:アートの脳科学』(ちくま新書)という本を読んでいて、洞窟壁画も扱っておられるので、何気なく読んでいると、私が15年以上前に書いた論文が引用されていて、驚いた次第です。洞窟壁画が「利用か投影」かという節で、私が「統合」と呼んでいる現象を論じておられる部分です。私の論文は、私が学生の時に助教授だった先生の退官を記念しての論文集に掲載したもので、私の現在にいたる「統合」論の序説的性格を持っているものです。個人的には、フランス語の文献のみを注記したスタイリッシュな構成で、私なりに密度も濃く、意識の中では代表作の一つと考えているもので、それが引用されているのは感慨深いものがありました。発行部数が少なかっただろう学術書の一論文を丁寧に読んでいただいているだけで感謝であり、ここで紹介して、多くの方に手を取っていただければそれでいいのかもしれませんが、つい、研究者の悪い癖で批判的なコメントをしてしまうことをご容赦ください。

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 川畑さんは認知心理学がご専門のようで、脳科学を武器にしてアートに迫ろうとされているようです。これまで、心理学の立場から美術を論じようとする試みは枚挙にいとまがなく、特に洞窟壁画に関しては、あまり資料がないこともあり、多くの議論が展開されてきたようです。先に紹介した、イギリスのホジソンさんも、心理学の立場から、「見立て」を「Seeing-in」と理解して、まさに「統合」を論じようとしています。まだ40歳にもなっておられない、新進気鋭の川畑さんの本では、アートの対象は多岐にわたっていて、自らの芸術体験を出発点として、それぞれの作品や作者に対してしっかりと調べられて、現時点での脳科学的観点からの芸術理解が的確にまとめられていると思われました。そういう点では、以前批判しました、トンデモナイ『洞窟のなかの心』とは一線を画していて、読んでも損はない本でしょう。
 私自身は、細かいことにこだわってしまうのですが、美術史を立脚点としていて、できるだけ「見えるもの」だけを根拠にして,小難しくいえば「現象学的」方法意識に基づいて、洞窟壁画などを論じてきています。「心理」のような「見えないもの」に体系性を認めて、その発露としてアートを理解しようとする試みもわからなくはないのですが、やはりまだまだ人間の心の中は「見えないもの」ばかりで、美術も例えば「病跡学」が決めつけるようには、人間の内的な状態の自働的な出現物ではなく、現実社会の中で奮闘するアーティストの極めて複雑な要素を総合化した結果の産物であり、「見えないもの」と「見えるもの」のギャップは依然として大きいようです。脳科学も、もちろん世界の最先端の研究者が日々研鑽されている分野ではあるでしょうが、まだまだ「見えないもの」が多く残っているのではないでしょうか。もちろん「見えないもの」をできるだけ「見えるもの」にしていくのも、研究の大きな目的であり、芸術理解もじっくりと進めていただきたいものだと願っています。
 もうひとつ、細かすぎることに難癖をつけるのですが、引用されているリュケやブルイユの文言は、私が上記論文の中で、正確な感じを醸し出すために、あえて生硬な訳文にしたものをそのまま使われていて、それを紹介していただいたことは評価しますが、ブルイユの本も主要参考文献に記されておらず、私の印象では、フランス語の原典に当たっておられないのではないかという危惧を抱きました。もちろん、私の訳文を信頼していただいてのことでしょうが、やはり、文献全体は無理でも、引用箇所は,一度原文に当たるべきではないかと、アカデミズムの一端に身を置く者として、思いました。川畑さんだけでなく、誰からでも私にお問い合わせいただければ、いつでも資料をお送りするつもりですので、よろしくお願いいたします。
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# by rupestrian | 2012-10-22 15:08

ベドナリク氏

 ここしばらくきわめて古い制作年代の美術作品について言及しているが、それを主導しているのが、オーストラリアのベドナリク(R.G.Bednarik)氏であり、今回はその人物を紹介することで、世界の先史岩面画研究の一端を述べたいと思う。
 ベドナリク氏はヨーロッパのオーストリアで1944年に生まれ、若くしてオーストラリアに移住し、学術的な訓練は受けていないが、オーストラリアに散在する先史岩面画に関心を抱いて、仲間たちとAustralian Rock Art Research Association(AURA)という研究組織を立ち上げた。1984年には学術誌Rock Art Researchを創刊し、年2回の発行で、現在の第29巻まで継続して発行されている。この間、世界で最も重要な学術雑誌となり、これに論文が掲載されることが、研究者のステータスになっているといえるだろう。ベドナリク氏は一貫して、この学術誌の編集長であり、全世界の研究動向を詳しく知るとともに、多くの研究プロジェクトの推進者として、68歳になった現在でも旺盛に活躍されている。
 また、IFRAO(International Federation of Rock Art Organzations)という国際研究組織の結成を提唱し、それは現在に至るまで最も権威のある世界的団体として機能していて、各国の研究組織が加盟しているが、毎年、どこかの国で、大規模な国際学会が開催されている。ベドナリク氏は,世界の先史岩面画研究者からきわめて尊敬されている存在であり、このリーダーなくして,この研究分野の活況はなかっただろう。といっても過言ではない。
 さて、ベドナリク氏は、オーストラリアを基盤としている研究者として、ヨーロッパの洞窟壁画を,一地方の産物として、それほど重視していないのが特徴である。この分野の研究は、他の学術分野と同じく、まずヨーロッパで始められ、それゆえヨーロッパの洞窟壁画が重視されているが、そういう風潮に公然と異議を唱えているのである。その一環か、特に近年はできるだけ古い制作年代の美術作品を世界中で探索しているようであり、その結果、このブログでも紹介した、インドの700,000年前の「盃状穴」などに至ったのだろう。もちろんそういう試みも有意義ではあるが、美術という観点からは、玉石混淆で首をかしげざるをえないところである。ベドナリク氏としては、洞窟壁画の優越性を相対化するために、あえて、自然の産物とも見紛う代物までも持ち上げているのだろうと思われるが、その影響力は絶大で、先史岩面画の美術的側面が軽視されているような気がして、残念である。
 私も親しくさせていただいていて、一昨年には日本先史岩面画研究会主催のシンポジウムにも招聘し、来日を快諾していただいたが、直前になって、個人的な事情で断念されたのは残念であった。かつて、私がフランス研修で滞在することになった時も、ベドナリク氏に報告すると、なぜ日本人研究者がヨーロッパなのかと怪訝な表情をされたことを今も覚えている。
 なお、オーストラリア岩面画研究会(AURA)のホームページを下記に紹介する

http://home.vicnet.net.au/~auranet/aura/web/

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上の写真はAURAのホームページに掲載されている写真を転載させていただいたものである。
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# by rupestrian | 2012-10-12 18:17 | 先史岩面画

制作か使用か

 前回、「最古の芸術」として、モロッコの「タン・タンのヴィーナス」を紹介しましたが、私自身の見解を改めて述べますと、やはり、これらは自然の偶然の産物であり、たまたま現在の我々の視点から、人物など何らかのかたちに見ようとしているだけではないかと考えています。重要なのは、単純に最古の年代を追い求めることではなく、人間が美術をなすことの意味を考え抜くことではないでしょうか。
 「最古の芸術」をもう一つ見ますと、インドの「ベレクハット・ラムのヴィーナス」はさらに自然石に近く、これは230,000年前~500,000年前という、やはり想像を絶する年代を示していて、ただ古い年代の考古学的層から、それらしいものを見つけ出しているだけではないかという疑問をぬぐうことができません。
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 もちろん、数十万年前の人々が、現在の我々と同じような感性を持っていて、この形の石に、何らかの意味を見いだしていたという主張もあり得るかもしれませんが、芸術学の観点からすると、重要なのは人間がそれを作ったかどうかということに尽きるのであり、どう見ていたかということを現在から推察することにはまったく意味がないのではないでしょうか。ルロワ=グーランによれば、フランスのアルシー=シュル=キュール遺跡でネアンデルタール人により「コレクション」された貝殻などが見つかったとのことですが、これは制作されたものではなく発見されたものであるのにすぎないのであって、ネアンデルタール人の感覚はある程度は認めることはできるが、美術の範疇に入れるべきではない、というのが私の偏狭な意見です。
 「偽石器」というものがあり、これは、自然の石片を人々が用いて、使用痕が認められるというものです。これは例の日本旧石器ねつ造事件とはまったく違う問題で、数十万年前の人々が、何らかの目的で拾った石片を生活に使っただけのことであり、学術的にも意義のある問題です。人間が使用した,あるいは「コレクション」したことも、人間のメンタリティを考えるためにはきわめて重要ですが、制作を基本とする芸術学の観点からは、使用を過度に意味づけることはしない方がよいのではないかと、私は考えています。もちろん、異論も多いと思いますが、古い時代に、それらしいものを見つけて、ただ年代をさかのぼらせるだけでは不毛な結果しか出ないと思いますので、ひと言、補足的に書いてきた次第です。
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# by rupestrian | 2012-10-04 12:56 | 先史岩面画

最古の美術

 ここしばらく、今月末に締切の論文を書いていたので、このページに取りかかる余裕がなかった。その論文は、来年3月末には印刷されるので、詳細は割愛するが、ホモ・サピエンスはその種に固有の能力として美術制作することを有しており、単純な形態から、複雑なものへと美術を進化させた、という考え方を批判して、美術と明確に定義される約32,000年前の制作とされる、ショーヴェの洞窟壁画が、なんら前触れもなしに、突如として出現した、ということは理論的にあり得ることを主張した論考である。
 論文を書く上で、世界の文献資料を整理してゆく中で、ウェブ上に「Oldest Art:The Top 50」というページのあることを確認した。

http://www.visual-arts-cork.com/prehistoric/oldest-art-top-50.htm

 これによると、最古の美術はインドの盃状穴(cupule)で少なくとも290,000年前、最大7000,000年前にまでさかのぼりうるという主張をしている。途方もなく古く、とうてい受け入れることはできないが、盃状穴というのは、円形の輪郭の、中央に向かってくぼんでいるかたちで、もちろん、これを美術の重要な一部として評価する立場もあるだろうが、私は、実用的な目的もあるのではないかとも考え、美術と見なさない偏狭な立場を貫くなら、この年代もありかなとも思ってるところである。問題なのは、第4位とされているモロッコの「タン・タンのヴィーナス」という作品で、これには何らかの造形意志も認められるのではないか、と私も認めざるをえないところである。年代が200,000年前ないし500,000前ということで、これに関しては、絶句せざるを得ない。もし、この年代設定がそれほど事実とかけ離れていないとするなら、やはり、何らかの自然現象が石塊に作用した結果、頭部と胴部を区切る線、また、胴部と脚部を区切る線が、偶然生じただけで、それをつい女性の人体に見立てているだけではないかと、断じざるをえない。
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他にも中央の縦線など、偶然にしてはよくできすぎているという印象を持つが、まあ、あまりにも孤立している現象なので、今後類例が発見されるまでは、決定的な議論は避けたい、という慎重な姿勢を固持することとしたい。
 この「Top 50」は他にも話題満載なので、今後とも批判的に紹介してゆくつもりである。
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# by rupestrian | 2012-09-25 17:30 | 先史岩面画